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三上悠亜が語るアイドルの終焉!

2009年から14年まで某国民的アイドルグループに在籍、翌15年にはセクシー女優としてデビューし、トップ女優へと華麗なる転身を遂げた、。重度のアイドルのオタクであることでも知られる彼女が語る「アイドルの終わり方」とは?セクシーすぎるグラビアと共にお届け!

三上悠亜が語るアイドルの終焉!

2016年12月31日をもって、SMAPが25年の歴史に幕を閉じた。女性アイドルでは、AKB48を支えてきた小嶋陽菜がこの4月19日にグループを卒業、6月12日にはハロー!プロジェクト(以下、ハロプロ)の中心グループである℃-uteが結成12年にして解散、同ハロプロ内では、Berryz工房の活動休止を経て現在はカントリー・ガールズのプレイングマネージャーを務める“ももち”こと嗣永桃子が6月30日をもって芸能界を引退するなど、近年、人気アイドルの解散や卒業が相次いでいる。膨れ上がったアイドルバブルが崩壊を迎えつつあるいま、我々は、「アイドルのその後」について対峙せねばならないのかもしれない――。

では、そんなときこの人はどう思うのか? かつて某国民的アイドルグループに所属しながら、数々のスキャンダルにまみれ14年4月に同アイドルグループを追われるように卒業。ところが翌15年6月、AV業界に華麗に転身してみせ、現在はトップAV女優として君臨する三上悠亜、その人だ。彼女には、知る人ぞ知るもうひとつの顔がある。生粋のアイドルオタク、なかでも、小学生時代からというディープなハロプロファンなのだ。

自身が国民的アイドルグループに所属しながらアイドルオタクでもあり、また現在は、AV女優を中心としたアイドルグループ「恵比寿★マスカッツ」でさらなる活躍を見せている――。そんな業の深いキャリアを誇る彼女に、アイドルの輝きとはなんなのか、そしてその、悲しくも儚い“終わり”について話を聞いた。

三上悠亜がアイドルの存在を知ったのは、小学校低学年のとき。テレビで「LOVE涙色」(2001年)を歌い踊る松浦亜弥の姿を見て、そのキラキラとした世界に心を奪われた。夢中になった彼女は、松浦が所属するハロプロの情報をパソコンで毎日のように追いかけるようになる。そこで出会ったのが、04年に平均年齢10・7歳という若さでデビューしたBerryz工房だ。

「最初はキライだったんですよ。(メンバーの夏焼)雅ちゃん(デビュー当時12歳)の金髪を見て生意気だなって思って。でも、気になって見ちゃうんですよね。それで当時の親友と一緒に応援することに決めて、最初に行ったのが地元・名古屋で開催された『21時までのシンデレラ』(05年)のリリースイベントでした。部活終わりに駆けつけてメンバー全員と握手したんですけど、そのときのももち(嗣永桃子)が神対応すぎて、その瞬間からももち推しに。ヲタ仲間もできて、それから中3くらいまで、毎週土日はず~っとヲタ活してましたね」

名古屋の中学生だった彼女にとって、アイドルの魅力とはなんだったのだろうか?
「男性アイドルよりも女性アイドルのほうがキラキラして見えて、自分もああなりたいと思ってましたね。バラエティで面白いことをしてる姿にもプライベートにも興味はなくて、とにかくステージの上で輝いてる姿が大好きだった。ハロプロのアイドルを、夢の国の人のように見てましたね」

彼女の中で、アイドルになりたいという気持ちはどんどん膨らんでいく。当然のことのように彼女は、アイドルオーディションを受けるようになっていった。

「やるなら絶対にハロプロがいいと思ってたんですけど、モーニング娘。をはじめハロプロのオーディションには受からなくて。で、中3のときラストチャンスだと思って応募した某国民的アイドルグループ名古屋支店の2期生オーディションに合格して、やっとアイドルになれたんです」

高校入学と同時に、彼女のアイドル人生が始まった。大好きなアイドルは変わらず嗣永桃子だったが、しかし彼女のようなアイドルを目指そうとは考えなかったという。

「たぶん、自分と真逆だから好きだったんです。ももちの魅力は、プロフェッショナルなところ。いつも笑顔で変わらなくて、ファンにも常に平等。こういう人こそアイドルにふさわしいんだろうなって、ずっと思ってました。そして、自分がそうなるのは絶対に無理だってこともわかってた。だって私は本当に気まぐれだし、中途半端で。いま思えば、アイドル時代の私は何もやりきれてなかったなって思いますね」

ステージ上からのみ輝きを放つ、ある種の「遠さ」こそが魅力であった当時のハロプロ。しかしそんな彼女が加入したのは、“会いに行けるアイドル”を謳い、専用劇場での公演や握手会などの「近さ」をウリにしていたアイドルグループであった。

「私はプライベートがあまり見えてこないハロプロが好きだったから、ファンの方との距離感がうまくつかめなくて。握手会で“神対応”できる子に人気が集まるってことはわかってたんですけど、私にはなかなか難しかった」

一方で三上と同様、HKT48の指原莉乃やAKB48/NGT48の柏木由紀など、ハロプロの熱狂的ファンから自身もアイドルとなり成功をつかんだ者も少なくはない。

「さっしー(指原)さんはHKT48のコンサートの構成までやってるけど、ファンの方が喜ぶポイントがわかるからこそできるんでしょうね。私は頭が悪いので、自分の中の『好き』を、アイドルとしての自分に生かせませんでした。それに私は、加入してすぐに問題児になっちゃって(10年に、「不適切な行動」があったとして所属していたアイドルグループの研究生に降格)、早い段階で諦めちゃったんですよね……」

自身のアイドル時代を、「本当に反省点しかない」と振り返る。

「本当におバカで、アイドルとしてダメなことがまったくわかってませんでした。でもあの時期がなかったら、きっといまも同じ過ちを繰り返してたと思うので……そういう意味では、あの5年間は無駄じゃなかったと思ってます」

彼女がアイドルとして過ごした09~14年は、“アイドル戦国時代”と重なる。彼女はそうした状況を、どう眺めていたのか?

「ある時期から、Berryz工房を含めハロプロのアイドルたちが個別握手会を始めたのは許せませんでしたね(笑)。ハロプロは、会いに行けるアイドルになる必要はないのにって。でも、確かにこちらの勢いはすごくて、私がいた地方グループも、本当に恵まれていたと思います。本店の皆さんが作り上げてきたものに乗っかっているだけで仕事が決まっていって、当時はそのありがたさがわかってなかったんですよね」

先述の通り決して順調ではないアイドル人生を送っていた三上はしかし、13年、「週刊プレイボーイ」と「週刊ヤングジャンプ」(共に集英社)のコラボ企画「グラビアプリンセス頂上決戦」で見事1位を獲得、再浮上のきっかけをつかむことになる。

「やっと自分の居場所が見つかって、やる気にもなってたんですけど、その分気持ちも浮わついてたんでしょうね、あんなことをやらかしてしまって……」

「FRIDAY」(講談社)、そして「週刊文春」(文藝春秋)に、男性アイドルとのキス写真が掲載され、彼女は一躍“時の人”となってしまう。

「それからはどんどん干されていって……お仕事は劇場公演と握手会とラジオだけ。代わりはいくらでもいるんですよね。ここにいてももう無理なんだって思いました」

メンバー一人ひとりからの花束贈呈とメッセージとで感動的に見送られる――モーニング娘。のそんな卒業セレモニーが大好きだという三上。しかし自身のアイドル卒業は、そのようなものとはならなかった。追いやられるように自ら卒業の決断を下した彼女の中に芸能界への未練が残っていたのは、当然といえば当然のことだろう。

「高1でアイドルになって、社会で働いたことがないまま20歳。何をしようか考えて、やっぱり表に出る仕事以外はイヤだって思ったんです。そんなときにアダルト業界からのお話をいただいて……こんな自分にも需要があるんだったら、やってみようかなって。どうせ私なんて、“美しく復活”なんてあり得ない。だったらとことん振り切って驚かせてやろうって」

こうして再び輝きを放ち始めた三上は、本格的にAV女優としての活動をスタート。さらには、恵比寿★マスカッツの2期生にも加入することとなる。

「歌って踊りたいって気持ちはずっとあったから、自分から『恵比寿★マスカッツに入りたいです』って言いました。でも入ってみたら、想像以上に厳しい世界でした」

自身はアイドルにバラエティ性を求めない三上。しかし恵比寿★マスカッツの冠番組『マスカットナイト・フィーバー!!!』(テレビ東京系)は、ハイコンテクストなバラエティ番組だ。そこで彼女は、またしても“ギャップ”にさいなまれることとなる。

「演出のマッコイ斎藤さんには、『お前はアイドルだったキャラを捨てろ』って言われてます。自分に何が求められてるのか毎日考えちゃいますね。ただ、最近やっと番組でキャラがついてきて……バカキャラなんですけど(笑)。私としては不本意だけど、早く自分のものにしたいです」

三上悠亜が語るアイドルの終焉!

恵比寿★マスカッツは、れっきとしたアイドルグループである。では三上は、現在の自分をアイドルだと思っているのか?

「グループとしてはそうかもしれないけど……自分自身はアイドルではないですね。だって私が思うアイドルは、裸にはならないですから(笑)。私にとってのアイドルって、すごく大きな存在なんです。いまアイドルブームはちょっと落ち着いてきてるけど、そんなの関係なく私はずっとアイドルが好きだったし、いまでも好きだし。そもそも最初にBerryz工房を推し始めたときも、周りから『それ誰?』って言われて、でも私は全然気にならなかった(笑)」

彼女が最も愛したアイドル、嗣永桃子が間もなく芸能界から引退する。だが三上は、それほど悲しくはないと語る。

「もっと前に十分悲しみましたから。だって私は、Berryz工房にいるももちが好きだったから。私の中のももちは、Berryz工房が活動休止したときにもう終わってるんです。でも私、ももちはアイドルをやりながらも大学に行ったり教職免許を取ったりずっと勉強してたから、いつかは社会人になるんだろうなって思ってましたよ。幸せな家庭を築きそうだし、きっともう芸能界には戻ってこないんじゃないかなって思うんですよね」

三上悠亜が語るアイドルの終焉!

たとえアイドル人生が終わったとしても、ひとりの人間としての人生は、その先もずっと続いていく。いったいアイドルにとってもっとも幸せなのは、どのような“終わり方”なのだろう?

「昭和のアイドルの中には、方向転換していまでも活躍されてる方がたくさんいますけど、あんなふうに、アイドルじゃなくなっても需要があるのって、すごくいいですよね。でも、アイドルを卒業したあともまだ芸能界でやっていくのってなかなか難しい。やっぱり、何かを捨てないと得られないものってあると思うんですよ。私も、アイドルとしての自分を振り切ったからこそ、AV女優としてがんばりたいって気持ちにもなれたので」

「今度こそ、いまいる場所で一番になりたい」。インタビューでそう語った彼女は、その直後の4月23日、「DDM.R18アダルトアワード2017」において最優秀女優賞を獲得した。それは、三上悠亜というひとりの女の子が体現してみせた、「アイドルの“その後”」のひとつの幸せな形なのかもしれない。

三上悠亜が語るアイドルの終焉!

(みかみ・ゆあ)(23)
1993年8月16日、愛知県生まれ。09年から14年まで某国民的アイドルグループに在籍したのち、15年6月にセクシー女優としてデビュー。現在は、アイドルユニット「恵比寿★マスカッツ」のメンバーでもある。
23年の全軌跡がここに!
 まるわかり年表
1993年 8月16日 愛知県名古屋市にて生誕
2001年 テレビで見た松浦亜弥にハマりアイドルオタクに
2004年 11月 松浦亜弥『松◇クリスタル◇』公演で初現場
2005年 8月8日 愛知厚生年金会館「21時までのシンデレラ」発売記念イベントでBerryz工房の初現場。嗣永桃子ヲタになり、毎週末をヲタ活動に費やす
2006年 12月 モーニング娘。「Happy8期オーディション」の第2次審査で落選。
2007年 7月 「アップフロント エッグオーディション」に応募し落選するも、某国民的アイドルグループの第2回研究生(5期生)オーディションに合格。しかし両親との上京がネックとなり辞退
2008年 7月 某国民的アイドルグループ名古屋支店の第1期生オーディションで最終審査に残るも不合格
2009年 3月29日 某国民的アイドルグループ名古屋支店の第2期追加オーディションに合格
2010年 12月6日 不祥事で研究生に降格
2012年 8月29日 正規メンバーに再昇格
2013年 5月27日 「グラビアプリンセス頂上決戦!」で第1位を獲得し、「週刊ヤングジャンプ」と「週刊プレイボーイ」の表紙を飾る
7月10日 「週刊文春」で男性アイドルとの交際、未成年飲酒疑惑が報じられる
2014年 4月29日 某国民的アイドルグループ名古屋支店を卒業
2015年 6月1日 『Princess Peach』でAVデビュー
2016年 4月13日 「恵比寿★マスカッツ」に加入
5月4日 「DMM.R18アダルトアワード2016」で最優秀新人賞含む4冠受賞
11月23日 ソロデビューシングル「リ・ボ・ン」発売。
2017年 4月23日 「DMM.R18アダルトアワード2017」で最優秀女優賞を受賞